松山旅行①

ゴールデンウィーク中の合間に松山に旅行に行ってきました。

松山と言えば松山城道後温泉くらいしかパッと言えないもので、実際には何があるのかよく判らないため好奇心からこの地に行ってみたのでした。

5月2日はあいにくの雨ということでレンタカーを調達し、松山市を観光せず隣町の大洲市を観光することとなりました。ガイドブックによると大洲は四国の小京都と言われていて、情緒ある城下町として存在しているのだそう。

車で1時間程度運転すると大洲市につくことができました。我々夫婦はさっそく大洲城に登城することにしました。

 

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▼歴史・沿革
大洲城の歴史は、鎌倉時代末期、伊予国守護宇都宮豊房の築いた地蔵ヶ岳城に始まると言われています。その後、戦国時代を経て、近世初頭に大洲の地を治めた小早川隆景をはじめ、戸田勝隆、藤堂高虎脇坂安治、加藤貞泰ら各大名たちの造営を経て近世城郭が整備されました。

 

と書いてあります。

歴史ある古い城だったんですね。石垣は昔からのものをそのまま使用していましたが内装がなかったため近代に復原させたのですね。内装の階段はこのようになっていました。

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このような急階段が4か所ほどあり、普段階段の登り慣れしていない私は恐る恐る階段を上ったのでした。城からの眺めは絶景で近くには川が流れていて、前に尋ねた犬山城のような雰囲気でした。

 

 

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また、この地はノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんを思い浮かべましたが、実際は中江藤樹の方が有名でした。

http://www.geocities.jp/bane2161/nakaetoujyu.html

近江聖人もしくは陽明学の祖と呼ばれる方です。勉学に励み努力すれば道は開けるという教えを広めていました。この地には努力し続ける人が多くいると思います。

雨がひどくなってきたため、大洲城近くの臥龍山荘に行き、日本庭園をちらっと見て、松山市に帰ってしまいました。この時には土砂降りでした。

続きは松山旅行②で報告します。